それは微かに絶望の香りがした

『珍しいな、人嫌いのお前が通話したいだなんて』
「嫌いじゃねえよ、苦手なだけだって」
 そんな、ある種お決まりのやり取りから始まった通話。いつも通りといえばいつも通りだが、オレが珍しく「オマエにしか話せない」とメールしたからか、どこか心配するような声色だ。いやそんな心配されるようなことじゃねえんだけどさ。ある意味オレはオレが心配だけれども。
 それで、と話しを促してくる。ありがたく相談させてもらおうじゃないか。
「あのさ、オマエんとこのユリちゃんにウチのAIに名前つけてもらったじゃん。アオって」
『ああ、珍しいがいい名前だと思ったが。それがどうかしたか?』
「いや名前は凄く良いと思うしありがたいと思ってるよ。じゃなくて、相談事がアオのことなんだよ……」
 アオのこと、とトータが画面の向こうで繰り返す。そう、アオのことだ。
『あいつのことなんてラディ、お前以上に詳しい奴はいないだろう? お前が開発した、魔術使用補佐用人工知能――AIなんだから』
 そう、その通りだ。アオはオレが開発した。使い手の癖や心理を読み、的確かつ適切な魔術を正しいタイミングで使用する――その補佐として開発したのだ。数多ほどある伝書魔術を、ただの人間であるオレには使いこなせる気がしなかったから。
「それはそうなんだけどよお……」
『というかこの相談も聞いてるんじゃないのか?』
「いや、アオがいる端末は一つだけだし、それもオフにしてあるから」
『なるほど』
 オレはアオを開発するうえでいくつかの制限を設けた。アオが存在する端末は特定の一つだけにすること。ヒトとして対等に扱うこと。出来るだけ端末はオフにしないこと。
 いくら伝書魔術で作られた人間ならざる存在だとしても、ソレは生命に限りなく近い。それならそれ相応に扱うべきだと。その思いは今も変わってないし、いくら本人には断ったとはいえ端末を強制的にオフにしていることは若干心苦しい。それでも。
『……何に悩んでるんだよ』
「それは……」
 思わず言い淀む。コイツはそう簡単に他人を馬鹿にするようなやつじゃない。それは知っている。それでもこれから相談しようとしていることがことなだけに、なかなかハッキリと言い辛い。
 いや、でもわざわざ時間をとってもらったんだし言わねば。勇気を出して、うん。
「アオのこと好きになりそうでヤバい」
 画面の向こうで吹き出す音が聞こえた。
「吹き出すなよおおおおおお!!」
『ゲホッ、茶飲んでると、きに、ゴホッ、んなことい、うからだろうがッ!』
 それはすまなかった。というかそこでオマエが悪いって怒らないあたりが優しいよな。
『……で、アオのことを好きになりそうだって?』
「そうなんだよ!!」
 ようやっと落ち着いたらしいトータの言葉に、思わず身を乗り出す勢いで答える。だって、という言葉が口から溢れる。
「だってこの前もオレが疲れでぶっ倒れてて、あーそろそろ飯食わねーとなーって思ったけど動く気になれんって時にさ!なんか台所から音がするんだよ!アオが何かしてんのかなーって聞いたらさ!たとえ AI わたし であっても、魔術を応用すれば貴方に料理を作ってあげられるんですよ、って自慢気にさああああ!ありがたさやら嬉しさやらも相まって好きになりそうになるじゃん!いい子なんだもん!!」
 勢いよく舌が回る。この時の暴風のような感情の動きはそう簡単には表せられないくらいだ。
 オレの勢いに若干引いてるトータが見えて、ようやく少し落ち着いた。仕方ないじゃないか、この気持ちをぶつけられる相手がいなかったのだから。
『悪いけどな、ラディ』
「なんだよ……」
『遅かれ早かれそうなるだろうなとは思ってたぞ』
 絶句。トータから言われたことが理解できなかった。遅かれ早かれ? え、いつかはこうやって悩むことになると思われてたのか? 最初から?
『だってお前みたいな人間嫌い「苦手なだけだって」大差ねえよ。そんな奴が自分を理解している存在なんか作ったらそうなるに決まってるだろ。しかも女型ならなおさら』
 反論、できなかった。反論できるのなら、そもそもこんな相談はしていないのだから。
「オレはどうすればいいんだろ……」
『少なくとも言えるのは、これをきっかけに態度を変えたり扱いを変えたりしないことだな。それこそ誠実じゃねえよ』

 疲れを感じながらトータとの会話を終えた。はあ、とため息が漏れるが仕方ない。
 ある意味現実を突きつけられた気分だ。でもそれで良かったのかもしれない。
 アオのいる端末の電源を入れる。お疲れ様ですね、とアオがこちらを見て苦笑した。その姿を見て思い出す、トータが通話を切る直前に言った言葉。
『というかそもそもこの相談内容もバレてそうだけどな』 
 否定できないなぁなんて思いながらアオに問いかける。
「オレがトータに何相談してたか分かる?」
「分かりませんよ」
 笑いながら左の頬を掻く君。そう、嘘を吐いた時用にプログラムされた行動だった。

#創作版深夜の文字書き60分一本勝負:お題「ネットワーク」

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