仮の姿

「いやいやいや、私のこれは所謂世を忍ぶ仮の姿ってやつだから」
 笑いが起きる。また言ってるよこいつ、といった風に。
 それは言ってしまえば、厨二病と呼ばれるアレ。
 眼帯はしていないけれど、腕に包帯は巻いている。突拍子もない、他とはズレた言動。突然倒れることもあれば、突然教室から姿を消すこともある。
 ある意味「キャラ」として徹底された厨二病の姿。それが俺が担任を務めているクラスのとある生徒だ。
 完全に厨二病なのに、クラスから浮いてない――いや、クラスから除け者扱いされていないのは、ひとえに彼女の「それ以外」が悪い奴じゃないからなのだろう。
 勉強は出来る方だが完璧ではない。運動も出来るかと思いきや、突然笑えるミスをする。厨二病ではあるが周りに危害が加わるようなこともなく。ちょっと言い回しが変なことがあることを除けば、勉強だって教えてくれるような気の良さ。そしてそれが分かりやすく、厭味がない。
 付き合いやすい人間としては非の打ち所がないのだろう。……いや、その非こそが厨二病の部分なのかもしれないが。
 恐ろしいな、と思う。
 その恐ろしさは気を抜けば口角が上がってしまうような、そんな類の恐ろしさだ。
 俺は知っている。彼女の本質は「そんな人間」ではないことを。
 勉強を気軽に教えてくれる? しかも厭味がない?
 当然だ。彼女は興味がない。誰に勉強を教え、誰が優秀な成績をとろうが、それこそ教えたやつの成績が悪かろうが、どうでもいいのだ。そんなことに期待していない。だからうわべだけの甘い言葉でいくらでも流せる。
 勉強を教えることだってそう、彼女自身の確認のためでしかない。本当に教えられるほど理解しているか、その確認のためだけ。
 運動はできても笑えるミスをする? それもそうだ。良さが目立ちすぎないように、わざと笑えるミスをしているのだから。タイミングも、ミスも、すべて計算づくだ。
 危害を加えないのだって単純に、そんな労力が惜しいからだ。印象だって悪くなる。そんな無意味なことを彼女はしないだけの話。
 そう、そしてそれを厨二病という皮で覆えば、彼女の仮の姿は完成だ。
 一体どれだけ皮が厚ければ、彼女の計算づくな姿がバレないのだろうと何度も考えさせられる。いや、それが俺の役に立っているのも事実なのだけれど。
 欠点があるからこそ、思わず頼りたくなるような人の良さで、最終的には人の上に立つ。それを意図的に行っているのだから。
「いやはや本当に――末恐ろしい魔王さまだこと」
 誰にも聞こえないように呟いた言葉は、どうやらかの地獄耳に届いたらしい。じっと真っ直ぐに見てくるのが、表面上は怒りが見受けられないのが逆に怖い。あー怖い怖い。恐ろしい我らが魔王さま、恐ろしい仮の姿だこと。

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