桜山散策編おまけ
「邪魔するぞ」
そう言って部屋の扉を開けたのは、見た目は幼いが実際は
「どうやら「血」を飲んでいた所だったようじゃのう」
「今はもう実際に血を飲む奴は少ないし」
雅の意地悪な言葉に暁は肩を竦めた。吸血鬼の血が半分混じっている暁は、純血の吸血鬼よりは少ないが「血」を飲まなければならない。とはいっても吸血鬼たちは数百年も前から、赤ワインや赤ブドウのジュースを「血」として飲むようになっていた。血を嫌う者も少なからずいたし、何よりも吸血鬼以外の血を常時一定量集めるという事は難しすぎたからだろう。
暁がグラスを呷るのを横目で見ながら雅は近くの椅子に腰掛けた。彼女はその幼い容姿に似合わない、嫌みが混じった笑みを浮かべた。
「風音が驚いておったぞ。お主、桜山の案内を途中で打ち切ったと聞いたぞえ?」
「……自分で言ってて気分が悪くなっただけだ。貴方と一緒に見た、あれを思い出した」
珍しく露骨に顔をしかめて舌打ちした。空になったグラスに、やや乱暴にワインを注ぐ。
「あれは、このまま無かった事になると思うか?」
満たされたそれを見る表情は、決して満たされていない。
「未来は分からんのう」
あっさりと彼女は投げ出す。
雅が己の着物で磨くのは、懐から取り出した鉄扇。そこに刻まれた多くの傷は、長い年月使われている事を鮮明に伝えている。
じゃが、と雅は続けた。
「置き去りにされた過去は、いつかそれ以上の威力と絶望を伴って牙をむくものじゃ」
にやりと笑うその顔は暗い。
「あれ以上、か」
暁の呟きは、影の中へと消えていった。