どっとはらい!

 わあ、と目の前の少女は顔を輝かせる。
 その姿を見て、悠は気まぐれも悪くないかもしれないな、と心の中で呟いた。

 少女こと空は、少女らしく甘い物が好きだ。かなりの甘党と言ってもいいだろう。甘い物なら洋菓子も和菓子も大好物だ。
 そんな空に、本を買いにでかけていた悠はお菓子を買って帰ったのだ。それはふわふわのシフォンケーキ。どれにしようか悩む悠に対し、店員が「当店の一番人気です」と勧めたのだ。
 悠はイヤーマフを外すとテーブルの上に置き、未だ手を付けない空に「食べないの」と声をかけた。
「うーん、でもゆーくんの分は?」
「僕そこまで甘いの得意じゃないし。僕は良いよ」
 そう言うと「同じものを一緒に食べたかった」と、唇をとがらせた空だったが、買ってないのだから仕方ないとフォークに手をかけた。
 じっとシフォンケーキを見る目はきらきらと光っている。
(とっても美味しそうなの!)
 空のわくわくとした感情が、その思いが伝わってくる。

 悠は特殊能力の持ち主――この世界では「 術持 すべもち 」と呼ばれる――だ。所謂「心の声が聞こえる」というものだ。能力は制限できないので、かなり辛い思いをしてきていた。
 普段は同じ術持の暁という青年によって改造されたイヤーマフをつけることで、心の声が聞こえないようにしている。なんでも心の声を「沈めて」いるらしい。説明されたが、悠にはよく分からない話だった。
 自分を守るためにもイヤーマフを外そうとしない悠だったが、空の前では別だ。裏表のない、明るい空のありのままの感情に触れることが、悠は好きだった。癒やされる、とでも言うのだろうか。

「はい、ゆーくん」
 悠の目の前には、シフォンケーキがささったフォークが差し出されていた。
「……なに?」
「あーん」
 にっこりと笑うその姿に、悠は思わず頭を抱えそうになった。
 先程まで一口食べては美味しいとじたばたしていた空だったが、やはりどうしても悠に食べて欲しいらしい。「美味しいからゆーくんにも味わってもらいたい」と、瞳も心も雄弁に語っている。
「だ、だから僕は甘いもの得意じゃないって……」
「大丈夫! さっぱりとしてて重くないクリームなの!」
 あ、逃げ道完璧に塞がれた気がする。
 そう悠は思った。さっぱりとした甘さ控えめのクリームは、悠はそれなりに好きだった。その好みを知った上の言葉だろう。普段はぽやぽやとしていてアホなのに、こういう時はぬかりないのだ。多分、それが計算ではないであろう分、尚更質が悪いのだが。
 うぐぐ、と黙り込んだ悠に対し、空は若干しょんぼりとしながら言う。
「だってこのケーキ本当に美味しいから……ゆーくんにも味わって欲しいの」
 負けた。
 悠は素直にそう思った。心の底から空は悠にもこの美味しさを分けたいと思っているのが分かったからだ。悠のように、間接キスが云々などという考えは一切ないのだ。
 なんだってこんなに天然というかなんというか……質が悪いんだか。
 そんな相手が好きな自分も質が悪いと思いながら、やけくそのように口を開いた。
 その姿を見て首を傾げる空に対し、「くれるんじゃなかったの」と言えば、空は顔を輝かせた。
「あーん!」
「ん」
 口の中にシフォンケーキが放り込まれる。あ、確かにこのクリームは美味しい。そう思ったのが表情に出たのか、空は満面の笑みを咲かせている。
「ね? 美味しいでしょ?」
「……まあ、悪くないかな」
 ひねくれた言葉にも、にこにこと笑みが返される。
 美味しいものを共有できた嬉しさが伝わってきて、悠は少しばかり気恥ずかしく、居心地が悪いなと感じた。
 それでも立ち上がってこの場を去ることも、イヤーマフをかけて心の声が聞こえることを避けることもしなかった。
 空が悠と過ごす時間を大切に思うのと同じように、悠にとっても、空と過ごす時間は宝物なのだから。

フリーワンライ参加小説:お題「感情」

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