唯一に捧げる

「浅野ちゃんは、 すい くんに好きってあんまり言わないの。なんでなのー?」
 こてんと首を傾げる空の姿に、浅野は思わず言葉を詰まらせた。
 粋くんこと 武浦 たけうら 粋と浅野祐子は所謂恋仲という奴だ。戦う上でのパートナーでも有り、ありとあらゆる意味での相棒だった。時折暁が「まるで夫婦みたいだし」とからかうこともある程度の仲であり、まさにその通りだと自負している。
 しかし空の言うように浅野はその思いを言葉にすることは少なかった。何故かと言われれば、性格というべきかトラウマと言うべきか迷うところである。言葉よりも行動で示すのを良しとする性格であるのは確かだが、その性格になったのは過去の出来事に起因する。そういう意味ではトラウマが原因とも言えるだろう。
 だからこそ浅野はその好意を行動で表す。抱き締めたり、口付けを贈ったり。武浦もその性質をよく理解しているから受け入れてくれる。浅野は言葉にせずとも伝わる物があると信じている。
 それに浅野は満足していた。言霊遣い故に言葉少ない武浦が、浅野には言葉にして伝えてくれる。それは言葉よりも行動を重視するという浅野の性質が言霊を無効化するからだが、それでも良かった。あのどこか不器用な人が、選び抜いた言葉を贈ってくれる。そのことになによりも喜びを抱いていた。
「なんでって……オレがそういう質なのは知ってやがるでしょう?」
 困ったように浅野が言えば、空はその頬をぷくりと膨らませた。そうじゃないの、と手をばたつかせる姿はより幼く見える。
「わたしはもっと好きって伝えても良いと思うの!」
 ひくり、と口の端が引きつった。これは良くないぞ、と浅野は思うが、勿論そんな風に思われているとは気付いていない空が続ける。
「だってだって! わたしはゆーくんが好きって言ってくれたら嬉しいの! 幸せなの!」
 確かに空の恋人であるゆーくんこと悠は、好きと言葉にすることは少ないだろう。そういう性格なのは浅野も知っている。だからこそ言ってくれたときはとても嬉しいのだろう。それも分かる。だからこそ伝えるべきだと言いたいのだろう。分かってしまう自分が憎い。そして何よりも困ったことに、この純真無垢な少女相手だと、どうにも甘くなってしまう自分がいる。困った、これは本当に困った。押し切られてしまうのも時間の問題だろう。
「だ、か、ら! たまには好きって言ってもいいと思うの!」
 まあ確かに。思わずそう思ってしまった。
 あ、負けた。
 駄目じゃないか、あっさり納得しては。
 そう思ったが、どうやら納得したのがバレてしまったらしい。空はその表情をきらきらと輝かせた。
「絶対言ってね! 約束!」
 ゆーびきりげーんまん、と小指を絡め取られてしまった。
 この少女、純真無垢で天然であるとはいえなかなか油断できない。行動を重視する浅野にとって、指切りなんてしたら本当に「約束」になってしまう。言葉だけならまだどうでも良いと思えたのに。
 やられた、と困ったように頭を掻く浅野に、満面の笑みを浮かべた少女は「ほらほら」と背中を押した。
「いってらっしゃい」
 きらきらとした笑顔に見送られてしまったら仕方ない。浅野は苦笑を浮かべて歩き出した。
 彼は今、どこにいるだろうか。

 こんこんこん。
 控えめにノックの音がする。武浦は読んでいた本から顔を上げると「居る」と声をかけた。
 ドアを開けて現れたのは、武浦が予想したとおり浅野だった。浅野は意外と控えめにノックをするし、そのノックの音が微妙に独特だ。何度も聞いている武浦にとって、一番分かるノックの音だった。
「……どうした」
 部屋の中に入っても俯いている浅野に武浦は首を傾げた。珍しい。それが正直な感想だ。普段の浅野だったら、ニヤリと笑って話しかけてくるだろう。それか意外と落ち着いた表情で用件を伝えてくるか。
 しかし今日の浅野はどうも様子がおかしい。どうしたものかと考えあぐねていると、浅野が顔を俯けたままこちらへと近づいてきた。
 武浦が座ったままその様子を眺めていると、浅野は目の前で立ち止まることなく抱きついてきた。
 珍しい。
 武浦の心には再びその言葉が浮かんだ。
 大人しいと言うべきか、しおらしいと言うべきか、こんな浅野は滅多にない。若干、失礼な気もするが事実そうなのだから仕方ない。 
「あの……その……」
「?」
 ようやく言葉を発したかと思えば言いよどむ。これも珍しい。いつもならテキパキと伝えるべき事を伝えてしまうのに。
 そこで武浦はようやく気付いた。自分に抱きつく彼女の頬が、とてつもなく赤いことに。
「浅野……?」
「武浦くん」
 声をかければ首に回った腕に少しばかり力がこもる。緊張、しているのだろうか。声も小さく震えている。
 落ち着けようと頭を不器用に撫でてやれば、「あのですね」と言葉が落ちてきた。
「……好き、です」
 ぽつりとこぼされた言葉に、その赤さが武浦にも移ったのは言うまでもなかった。

フリーワンライ参加小説:お題「愛は言葉と態度の両方で示せ」

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