約束

 ――その約束だけは、絶対に。

「妖精さん!」
 明るい声に、妖精さんと呼ばれたその人は振り返った。色素の薄い髪と目が特徴的と言えるだろう。その幼い風貌の割に何処か荒んだ目は、その声の主を見て少しばかり緩んだ。
「妖精さん、こんにちは!」
 その目線の先にいたのは、にぱっと明るい笑顔を見せた幼い少女だ。その柔らかな髪色と目の色は、少女の性格を表しているようにさえ思える。
「こんに、ちは」
 どこかつっかえるような言葉で妖精さんは答える。
 二人が並ぶと身長差は少ないことが分かる。ほんの少しだけ少女の背が低い。風貌からしてどちらも十歳前後だろうか。しかし種族によって寿命の違いから見た目の年齢も変わってくるから、一概にもそうだとも言えないだろう。ともかく十歳程度に見える二人は、そのまま近くにあったベンチに腰掛け話し始めた。
「妖精さんはさ、したいこととかある?」
「したい、こと?」
「うん! あのね、わたしはね、お母さんとお父さんを、守れるようになりたいの!」
 そう言って胸を張った少女に、妖精さんは何故かと問いかけた。
「だって、大好きだもん! それに最近怖い人がいるらしいから。お母さんは戦うの苦手だし、お父さんも片手が不自由だから、わたしが守るの!」
 えへん、とさらに胸を張った少女に、ふうん、と妖精さんは言葉を返した。

 そういう、ものなのだろうか。
 妖精さんは考えた。
 妖精さんと呼ばれたその人には家族が居ない。居たのかもしれないが、覚えていないから居ないのと同じだろうと思っている。命の恩人であり保護者が二人ほど居るが、その二人に感謝はすれど、好きだ守ろうという思いは浮かばない。
 だから、分からない。
 ――本当に、そうだろうか。
 なんとなく、なんとなくだけど違う気がした。
 この少女に置き換えてみたらどうだろうか。ふと、そんなことを思った。
 少女は保護者が紹介してくれた、知り合いの子供だ。だから家族というわけではないが、多分一番「好き」な存在じゃないかと思っている。多分なのは、妖精さんにとって「好き」になること自体初めてで、これが本当に「好き」なのか定かではないからだ。
 とにもかくにも「好き」な少女を守りたいと思うだろうか。
 妖精さんは自分自身に問いかけてみた。
 よく、分からなかった。
 まだ精神的に未熟な妖精さんには、この気持ちを正しく表現する言葉が分からなかった。
 ただ。
 ずっとこの笑顔でいれば良い。そう思った。

「妖精さん?」
 はっ、として少女の方を見れば、その子は不思議そうな表情をしていた。どうしたの、と問いかけられて、なんでもない、と言いかけてやめた。
「……ようせい、さんが」
「うん?」
 首を傾げる少女の姿に、何故か胸が温かくなるような気がしながら、妖精さんは続けた。
「しかたない、から……まもってあ、げる」
 きょとん。
 そうとしか言えない表情に、妖精さんは少しむくれたような表情を見せた。
「いやなら、いいけど」
「ううん! 嬉しい!!」
 慌てたように首を振った少女を見て、妖精さんは少しばかり顔をほころばせた。
「あ!」
「?」
 今度は妖精さんが首を傾げる番だった。ぱあっ、と良いことを思いついたと言わんばかりに表情を明るくした少女が、声を弾ませて言った。
「じゃあ、じゃあ、わたしも妖精さんを守るね!」
 なんでそうなった。
 そう思いながらも、それは良いとばかりににこにこと笑顔を見せる少女には何も言えなかった。
「約束!」
 そう言ってこちらに小指を差し出してきた。
 何故小指を差し出してきたのか分からずに首を傾げれば、少女もまた首を傾げた。
「指切り、知らない?」
「ゆび、きり?」
 知らないと言えば、少女は妖精さんの右手をとってするりと小指を絡ませた。
「こうやって、小指をぎゅってして、約束だよって確認? するの!」
「へえ……」
 ゆーびきーりげーんまん、と少女は楽しそうな声を上げながら手を上下に揺らす。されるがままだった妖精さんは、じっと絡ませた小指を見つめて、そして言った。
「やくそく」
「うん?」
「ようせい、さんが、まもって、あげる。ぜったい」
 ぱちくり、と瞬きを繰り返した少女は、
「わたしも、妖精さんを守るよ!」
 そう言ってにっこりと笑った。

 妖精さんと呼ばれていたその人は、目を覚ました。
 懐かしい夢を見たものだと、起き上がって頭を掻いた。
 あの光景は忘れない。あの約束も、忘れはしない。今でもきらきらと輝く宝物だ。
 そう思って。その人は目を伏せた。
 ああ、そうだ。絶対に守ると約束したのだ。
 絶対に守ってみせようと、その人は心の中で繰り返した。 
 ――今度こそ、と。

フリーワンライ参加小説:お題「小指の約束」

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