甘い香り、苦い記憶
「あ、ネライダさん。ただいま帰りました」
「おかえり。なんか甘ったるい匂いすんだけど」
月猫堂に帰宅してすぐに出会ったネライダさんに挨拶すると、ネライダさんは顔をしかめてしまった。
「あ、空さんに誘われて邏守隊でクッキー作りしてきたんです。多分それの香りかと」
「クッキー?」
「ええ、これです。ネライダさんもよかったらどうぞ」
クッキーが五枚ほど入った袋を差し出す。なんだかんだと大量に作ったので、全員に渡せるように包んでおいたのだ。
「ふーん……ま、貰っておいてあげるよ」
あれ。普段ならば味は大丈夫なのかくらい言ってきそうなのに。存外素直に受け取ってもらえたことに、逆に戸惑ってしまう。
そのままネライダさんは暇だし寝ると言って部屋に戻ってしまった。
なんだろう、うまく言えないような違和感が、小骨のようにひっかかる。
(そういえば)
なんでネライダさんはクッキーを受け取った時、少し寂しそうな顔をしたんだろう。
「クッキー、ね……」
黄色と茶色と緑のクッキーが入った袋を見る。おそらくプレーンとチョコと抹茶味。
まあ別にね、甘いものは嫌いってわけでもないから、貰う分には構わない。でも、だ。
「まさかクッキーとはね」
いつだったかの記憶が頭をよぎる。平和すぎて退屈しそうな日々の中の、ありふれた光景だったそれが。
記憶に浸りそうになって頭を振る。思い出す必要はない。だってあの日々はもうとっくに終わったのだから。だからもう、いいんだ。
とりあえず貰ったクッキーを、口の中に放り込むことにした。
やっぱり黄色はプレーンだ。悪くない甘さと食感だな。不器用な癖に。一緒に作ったんだろうから、そのおかげかもしれない。茶色はココア。あ、チョコチップも入ってる。この食感の違いはちょっと楽しいと俺様は思う。緑は抹茶。他のやつと比べると甘さ控えめだ。これはこれで悪くない。
「――……にがい、な」
いつかのクッキーと、同じ味がした。
#創作版深夜の文字書き60分一本勝負参加小説:お題「甘い香り」