今日をはじめよう
「師匠、朝ですよ。起きてください。しーしょーおー」
毎日のルーティン。当たり前のように師匠の部屋に入り、ベッドで寝ているその人の布団を剥ぐ。そうまでしてもなお、師匠は起きようとせずにシーツの上で丸くなった。
「あと一時間……」
「却下です。それに明日が納期の仕事、まだ残ってるのをお忘れですか?」
「うぐぐ……」
「唸ってもダメです。ほら、早く起きてください。朝食用意してありますんで」
そこまで言ってようやく師匠は頭を上げた。なんとも不機嫌そうな顔だが、半分くらいは視力が悪すぎて見えていないが故のしかめっ面だろう。
「朝は食えないと言っているだろう」
「朝はじゃなくて朝もでしょう、師匠の場合。チョコ味のシリアルなんで食べてください」
片眉を上げた師匠。ちょっと機嫌がよくなったようだ。この人、本当にチョコ好きだな。食事の代わりにチョコばっかり摂取しているだけはある。
はぁ、と大きな溜息をついた師匠は、のっそりと冬眠から目覚めたばかりの熊のように起き上がった。少しばかりぼさぼさな髪をガシガシと掻いて、眼鏡を手に取る。ようやく起きる気になってくれたようだ。
「さあ師匠。明日納期の魔道具が一件、明後日が納期の魔道具が二件です。師匠なら心配はいりませんが、頑張りましょう」
「お前はたまに上から目線になるのをどうにかしたらいいと思うがね」
「上から目線のつもりはありませんが」
「だから質が悪いのだよ」
呆れたような溜息が一つ。手早く髪を一つにまとめた師匠は、自分の前を歩いていく。
この薄っぺらくて身長も高くない師匠は、それでも師匠だ。自分よりもずっと凄い方だ。
なんて言ったって魔道具を作る腕がとてもいい。師匠は魔持
で、生まれながらに魔道具を作れる力を持っていたわけではない。それなのに今ではこの地区一番の腕前と言っても過言ではない。それは、並外れた努力によって得られたものだと思っている。
師匠は凄い方だ。日常生活を疎かにしすぎだけれども。
「歩」
「なんでしょう、結彩師匠」
「今日もよろしく頼むよ」
こちらをちらりと振り返りながら言う師匠。表情は相変わらず無に近いが、それでも信頼されていると思えるから。
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
今日も明日もその先も。自分はこの人についていくのだ。