優しくありたい
優しくありたいと思っている人間は、果たして優しい人間なのだろうか。
それはたまに頭を過る考え。特に他人から優しいと言われた後に思うことが多いことだ。
俺はどうしても、それに是とは言えない。そう毎回結論付けている。
周りに居るからだ、優しい人間が。おそらく、優しくありたいと考えることすら思いつかないであろう程に、自然と優しい人間が。例えば、空とか。
だからだろうか。比べてしまうのだ、己と。この、優しくあろうと考えなければ優しくあれないであろう自分が、情けない。
そんなことを、なんとなく考えていた。
「武浦くんは真面目すぎですね、やっぱり」
向かいに座った浅野が、仕方ないなと言いたげに笑う。なんでそんな言葉が出たのか、なんでそんな表情なのか分からずに片眉を上げた。
「悪いって訳じゃねぇんですよ、別に。でも真面目すぎて身動きとりずらそうっつーか、そこまで気にしなくていいんじゃねぇかなって周りから見てると思っちゃうんですよ。あと、声にでてましたからね」
浅野がくすくす笑う。無意識に声に出ていたことにひやりとする。言霊を制御できない癖に無意識に言葉にしていただなんて、内容によっては恐ろしいことになっていた。言霊が効かない浅野しか周りに居なかったとはいえ、気を抜きすぎていた。気を付けなければ。
「そういうとこっすよ」
口元をほころばせた浅野が、こちらにデコピンしてきた。痛くはない。その優しさがくすぐったい。
――ああ、そういえば先ほどから浅野は笑ってばかりだ。余程機嫌がいいらしい。
ニヤニヤと笑う浅野がデコピンしてきた指でそのままこちらを指さす。
「オレからしたら武浦くんは優しいですよ。って言っても武浦くんは納得できねぇかもしれねぇですけど。だったらこう思ってください。『武浦くんがオレにはちょうどいい』って」
意地悪そうな表情でありながら、その瞳は優しさでとろりと溶けている。
ああ、浅野は優しいな、と改めて実感する。いつもそうだ。迷っているとき、どうすればいいのか分からなくなった時、背中を蹴とばすように前に進ませてくれるのだ。
これからも迷うことも悩むこともあるだろうけど、それでも考えることも実行することもやめないようにしよう。そう改めて心に誓う。
せめて、浅野の隣に立つのに気後れしないで済むように。
同じくらい、優しくありたいのだ。
独白10題「優しくありたい」