とある謎

風音 かざね !」
 唐突に呼び止められ、風音は足を止める。振り返った先にいたのは 八尋 やひろ だ。それぞれの部屋に繋がる廊下には、この二人しかいない。
「……どうかした?」
 問いかける言葉には答えず手招きをする。もう片方の手がドアノブを握っていることから、その部屋が彼女のものだと分かった。
 何故わざわざ部屋に招き入れるのかという疑問に首を傾げながらも、風音は大人しく彼女の元へと向かう。猫らしい好奇心を宿す八尋の瞳には、最後まで気づかないままだった。

「風音は暁さんの性別って知ってる訳?」
「隊長の性別……?」
 椅子に座ると同時に発せられた言葉に再び首を傾げる。
「そう。あたしは暁さんの性別を知らないって訳」
 そう言われてみればと思い返す。高くも低くもない声に中性的な顔立ちと、暁の性別を断定するものはなかなか見つからない。一人称や口調は男らしいが、浅野も自身のことはオレと呼ぶのだから、やはり断定は出来ないだろう。
「そういえば、知らないな……」
「やっぱり?前聞いたときは「どっちかだし」って言われた訳で、結局解決には至ってない訳」
「でも何で急にそれを私に?」
 風音の疑問に八尋はニヤリと猫らしく笑う。
「そりゃあ勿論……」

「という訳でして……隊長と縁が深いらしい副長なら何か知っているのではと」
「なるほどな」
 風音の言葉に苦笑を零したのは天月だ。年下にこき使われているのではと思いつつも、一度気になってしまったからには真実が知りたい。ちなみに八尋は悠に問いかけるらしい。
 今二人がいるのは食堂。コーヒー片手に椅子に座る天月と、その向かいに手ぶらで座る風音という、なかなか見ない光景となっていた。
「確かに俺と暁さんは縁が深いと言えるだろうが……生憎俺も暁さんの性別は知らないな」
「そうなんですか?」
 意外な言葉に思わず目を見開く。縁が深い事を肯定しながらも、まさか知らないとは。
「まず暁さんの方が俺の何倍も年上だからな」
「……え?」
「知らなかったのか?ここでの最年長者は雅さんで、暁さん、藤川さんと続く」
 目が落っこちるのでは、と思わず天月が心配するほど風音は目を見開いた。もしかしたら自分より年上なのではとは思っていたが……まさか、そんなに年上だったとは。
「そう言う訳で……すまんな、俺では力になれん」
「あ、いえ、こちらこそ急にすいませんでした」
 飲み終わったらしいカップを持ちながら立ち上がる天月に、風音も慌てて立ち上がりお辞儀をする。

 結論から言えば、暁の性別は分からなかった。
 人の心を読みとる力を持つ悠に訊ねた八尋によれば、暁は自分の情報を読みとれないように「沈めて」いるらしい。影を操り、特に沈めることを得意とする暁は情報さえも沈められるようだ。
 その言葉に今日何度目かの驚きを感じた風音だったが、八尋の続けた言葉に驚きを深める。
「暁さんにとっては情報を沈めるくらい朝飯前って訳。普段悠に「心の声」が聞こえないのだって、暁さんの能力のお陰って訳なんだし」
「そ、そうなのか……?」
「あたしも詳しくは知らないけど。あのヘッドフォンの内部で全ての外部情報を沈めて、振動だけを浮上させてるらしいって訳」
「音は振動だから、か」
 あたしにはいまいちよく分からないけど、と八尋は詰まらなさそうに言った。どこまでも暁が上手だという事だろうか。
「でもまあ」
「?」
「性別が分からなくても、隊長は隊長だしな」
 そう風音が零せば、何故か八尋は不満げな表情を晒した。どこか意外な反応に驚きに似た疑問を覗かせれば、彼女は小さく呻いた。
「その結論、あたしが前辿り着いたのと全く一緒って訳なんだけど! 結局なんにも変わってないって訳!?」
 八尋の無念そうな――それでいてどこか安心したような叫びに、風音は思わず笑みを零すのだった。

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