四月馬鹿ネタ
本日は四月一日。つまりエイプリルフールだ。
午前十時半、もう殆どの隊員が普通に活動している時間に、悠はのっそりと自室から出てきた。着替えはしっかり済ませてあるが、その目は眠っているように見える。ふらふらと危うい歩みで、それでもきちんとイヤーマフをつけながら長い廊下を歩いていく。
「あ、ゆーくんおはよー」
「……ん」
食堂にやってきた悠は空の方へと歩いていき、後ろからゆるく抱きつく。んー、と呻きながら空の癖がある茶髪に顔を埋める。
その光景は最早日常茶飯時なのだが、最近入隊したばかりの風音だけは違った。常にある濃い隈と、三白眼とまではいかないがキツい印象を与える眼差しをした彼と同一人物だとはなかなか思えないのだろう。
「ユウさんは相変わらずだし」
苦笑のようでありながら、どこか微笑ましいものを眺めているような眼差しの暁が風音の隣に立つ。どうやら同じものを見ていたらしいと思いながら、風音は疑問を素直に口に出す。
「相変わらず……?」
「カザネさんは知らなかったし? ユウさんは低血圧だからか起きたばかりは毎回あんな感じだし」
まあ抱きつくのはソラさんだけみたいだが、と言葉に笑いを含ませながら付け加える。
そんな会話を暁と風音がしている間に、空は悠に抱きつかれたまま悠の分の朝食と自身の食後のココアを受け取っていた。二人は並んで座り、空はココアを飲み悠は朝食に手を付け始めた。
「……仲良いんだな」
「まあ年が近いっていうのもあるだそうし」
「それだけじゃなさそうですが……」
風音の言葉に暁はニヤリと口元を歪めただけで答えない。その様子に風音は諦めたように一つ溜息をついて、再び仲のいい二人を見る。
暁と風音の視線の先では、悠が軽く左右に頭を揺らしながらのんびりと食べていて、それを見て空はふんわりと笑顔を浮かべるのだった。
十一時五十分。
自室から屯所内にある庭へと向かう悠に、空がやはり掛け声と共に抱きつく――というよりタックルした。
「っ!!」
あまりにも急だったためか堪えきれず、二人は床へと倒れ込んだ。
「ご、ごめ……っ!大丈夫!?」
流石に倒すつもりはなかった空は、後頭部をさする悠の上から慌てて退く。
「……あのなあ!」
確かに怒りをはらんでいる声に、肩がびくりと揺れる。しかし悠の口から飛び出した言葉は、空の予想とはかけ離れたものだった。
「僕は男だから一応構わねえけど、空は女だろ!怪我したらどうすんだよ!!」
「……え?」
え、じゃないだろ、と言いながら悠も立ち上がり、イヤーマフを外し首にかけ直したかと思えば、空の頬を引っ張りだした。とても触り心地が良いらしく、悠の機嫌はあんな事があったにも関わらず悪くない。
「……ねえ、ゆーくん」
「…………なに?」
空の頬から手を離した悠の顔は微かに赤い。それに気付きつつも、ちゃんと伝わるから良いの、と思いながら口を開いた。
「わたし、ゆーくんの事、だいっっきらーい!」
「……あっそ」
満面の笑みを浮かべながら言った空に対して、悠はそれだけを告げて歩き出す。慌てて追いかけながら、返事は、と心の中で問いかける。しっかり伝わったらしく悠は振り返る。ちらりと腕時計で時間を確認したあと、目を逸らしながら小さく呟いた。
「……嫌いじゃないけど」
(……あれ? でも、反対だから……!?)
(……嘘ついて良いのは午前中までだから)
現在時刻、十二時一分。