秘密

「スキエンティア、居るか」
 たった今どこか薄暗い店内に入ってきた人影は、店の奥へと語りかける。まるで自分を見つめるかのように置かれたよく分からない物――ここの店主風に言えば「待ち人」たち――や、何度来ても嗅ぎ慣れない不可思議な香りとその煙に、その人物は眉を顰めた。
「いらっしゃいませ。スキエンティアではなく、キエンで構わないと言っているでしょうー? ……ああ、貴方様でしたか」
 店の奥から現れたのは、一人の青年らしき人物。キエンと呼ばれることを好むこの者は、店と同様に独特の雰囲気を纏っていた。子供と言われれば子供のようだし、大人と言われればそれも納得できる。それであってどこか老人のような、使い古され草臥れた本のような雰囲気でさえある。装飾が多い服装でありながら、決して派手でなく浮いてすらいない、どこか中性的で整った顔によく似合っているのだから不思議だ。
 まさに不思議の固まりとも言うべきその人物は、光を宿さない瞳で客ではないその昔馴染みを視た。
「珍しい格好ではないですか。貴方はもうその服は着ないと思っていましたよ?」
「……見えてないくせによく言う」
 どこか作り物めいた笑みを浮かべながら言ったキエンに、不機嫌そうな顔で返した暁。その服装はキエンが言う通り普段の蒼い着流しではなく、白と金色で構成されたシンプルでありながら優雅さの漂う物だった。影を使い黒を好む暁が着るものとは、恐らく邏守隊の誰も思わないだろう。
「見えなくても分かりますよ。 やつがれ が導く相手の事なら分かりますって」
「今の俺はそうではないだろうが」
「その格好で言いますか?」
 どこか苦笑めいた表情に、暁は舌打ちを漏らした。どこまでもらしくないその姿に、それでもキエンは当たり前のように接する。
「で、僕には何処へ導いて欲しいので?」
 キエンが商売人らしく笑うと、シャラシャラと装飾が綺麗な音を立てる。どこまでもらしくない、と自らを棚に上げて暁は思った。何故そう思ったのか、きっとこの地域に住まう者は――否、あの場所でも特異な位置に居た者以外には分からないだろう。
「そっちじゃない」
 色素も感情も薄い隻眼は、気だるげでありながら苛立たしげにスキエンティアを見た。
「お前の「知識」を貸せ、スキエンティア」
 その言葉にスキエンティアは笑みを深めた。おおよそ商売人らしくない顔で。
 両手をゆったりと広げれば、不思議なことに装飾は音を立てなかった。
「分かりました、この「 知識 やつがれ 」は自由に使って結構ですよ。……××××殿」
「……それはもう別の奴のモノだ」
 煙が、ゆらりと不自然に揺らめいた。

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