止まない雨は
雨が地面を叩く音だけが辺りに響く。
相変わらず頭の中には他人の心の声が木霊して、ガンガンと痛むが痛みには最早慣れた。
雨を吸って重たくなった服のまま、適当な軒下で雨宿りすることにした。正直体力はかなりキツいし、腹も減った。
気味が悪い家を追い出されたのは――違う、あの人たちは何も言っていない。僕が勝手に「聞いて」しまっただけだ。
だから僕が家を飛び出したのは……一週間近く前か。最初は持っていた金でなんとかなったが、とっくに金は底をつき、二日はろくに食べてない。
目が霞む。後ろは塀のようだからそこに背をつけ、ズルズルと崩れ落ちる。
(……死んじまえば……楽になれるのか……?)
もう、他人の「声」を聞いてしまうのは嫌だ。耳に届く言葉と頭に響く言葉の違いが、「本音」と「建前」の違いがどこまでも僕を追いつめる。
視界がどんどん霞んでいく。ああ、このまま死ねば、きっと……。
「子供?」
声が大きく響いた。近くにいるのかもしれないが、生憎霞んだこの目では分からない。
「君、大丈夫か?」
「とにかく連れていこう」
男女の声だ。耳と頭にくる言葉が重なる。――純粋に、心配してくれてるのか。
あたたかい、と思った。
ゆっくりと振動と共に伝わる熱に対してか、二人の言葉に対してかは、分からないけれど。
暖かい。
その事に疑問を感じて目を開けた。
と、目の前には誰かの顔のドアップ。思わず驚きで呻いてしまった。
「あ、目をさましたの!」
少し遠ざかった顔は、僕はもう忘れてしまった満面の笑みへと変わる。どこか舌っ足らずな声だ。
『良かった!』
響く言葉は、どこまでも優しかった。
いろいろと訊こうと口を開いたが、体力が回復していないのか声が出ない。目の前の子には悪いが、少し「探らせて」もらおう。
目を閉じて目の前の子に集中する。
月見里空、十歳。自警団「
……どうやら悪い奴ではないらしい。特に大きく頭に響く声に嫌なものは含まれていない。
「ねえ、だいじょうぶ?」
月見里空の声に目を再び開ける。心配そうに覗き込むのは良いが、いくらなんでも近い。ピントが合わない距離だ。
「だい、じょ……ぶ」
喉を無理矢理震わせるが、情けない程に小さく掠れた声しか出なかった。
「そっか……」
『むり、しないでほしいのに』
どこまでも優しい響きに泣きたくなった。今まで周りにはこんな奴は一人もいなかったから。
彼女が運んできた料理を、無理矢理体を起こして食べた。
その後、彼女はニコニコと笑いながら色んな事を説明してくれた。
ここは邏守隊の屯所である事。僕が雨宿りしていたのは屯所の門の近くだった事。局長と副長が僕を助けた事。一日眠り続けた事。彼女は僕の世話係のような役目を与えられた事。もし行き場がなく希望するならば、僕を邏守隊に入隊させてくれる事。
二重になって聞こえる声はどこまでも優しく誠実で。こんな子もいるのかと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。
一通りの説明が終わったのか、質問はないかと訊いてくる。途中から疑問に思っていた事を、思い切って問いかけてみた。
「なんで僕を怪しまない、疑わない……?」
彼女の心でさえ、僕を一切怪しまず疑わない。警戒さえもしていない。「自警団の局長や副長は、狙われることも多いって聞く。なのに……何故警戒すらしない?」
僕は怪しいだろう、と付け足す。
すると彼女は目を瞬かせ、今まで一度も見たことがない優しい微笑みを浮かべた。
「だって、目をみれば分かるの」
そう言ってこちらへと手を伸ばす。その微笑みと同じくらい優しく、僕の頬に触る。
「わるい人じゃない……ただ、さびしいっておもってる人だもん」
『でも、だいじょうぶなの』
「だから、わたしはあなたのお友達になりたいっておもったの」
優しさと暖かさばかりの言葉に、視界が歪んだ。
「……僕は、他人の考えていることが……分かっちゃうんだ。……気持ち、悪い……だろ……?」
思わず口に出していた。
いつの間にか下がっていた視線を無理矢理上げると、彼女は大きく目を見開いた後――また、優しく微笑んだ。
「そんなことないよ」
『ずっと、がんばってきたんだね』
「だいじょうぶ」
『わたしが、ぜったいに』
「あなたを「独り」にしない」
目を見て告げられたその言葉は――
気付けば僕の頬には、温かい何かが伝っていて。ふんわりと彼女は笑い、僕を抱きしめた。
『ひとりにしないって、約束するの』
(ねえ、あなたの名前は?)
(――悠。一之瀬悠)
(よろしく、ゆーくん)