一つの結末

 雨は、止まない。
 分かっていた。
 彼が望んでいなかったことくらい。
 だから……さいごにああいったのに。
 ――それでも。
 あのとき、わたしはやくそくし――

 数日に一回頼まれたお使い。夕食の材料を近くの市場で買ってくるという簡単なものなのに、ゆーくんはいつも一緒に行ってくれた。流石にイヤーマフは外せなかったけど、二人きりで過ごす楽しくて大好きだった時間。
 それが、一瞬にして変貌した。

 奇妙な、声。

 わたし達が振り返った先にいたのは、目も手に持つ刀も真っ赤に染まった男。周りにも沢山の人がいて、その中には男の異常性に気付いていない人もいた。
「邏守隊は、町と人々を守ると誓った自警団なの」
 壱姉さんの声が頭を確かに過ぎった。わたしもゆーくんも非戦闘員だから、なんてそれはただの言い訳でしかない。
 ゆーくんが針を取り出したと同時にアイコンタクト、わたしは大きく息を吸った。
「みなさん、逃げて!!」
 わたしの声と同時に投げられた針。それはあっさりと男の刀に弾かれた。決して少なくない量だったのに。
 その、一瞬。
 わたしの体が固まった一瞬で距離を詰め、男の刀はわたしを斬ろうと振り上げられた。
 強い力に引っ張られると同時に、目の前が真っ暗に。その暖かさにゆーくんに抱きしめられたのだと気付くとのと、いくつもの悲鳴が鼓膜を打ったのは多分一緒だった。
 ゆーくんの苦しそうな声、男のタノシソウな声。
 一気にかかってきた体重に転びそうになったっけど、なんとか頑張って堪えた。
「っゆー……くん……?」
「は、あ……。だい、じょうぶ……か?」
「わたし、は、だいじょう、ぶ」
 なんとか答えるとゆーくんは小さく、良かった、と呟いた。
 タノシソウな男のワライゴエがどこか遠くに聞こえた。耳には苦しそうなゆーくんの息だけが届いた。
 背中に回した手に、ぬるりとした感触。真っ赤なわたしの手と、さらに赤くなった男の刀。
 悲鳴さえ、でなかった。
「その少年の心意気を賞して、今回は帰るとしましょう」
 タノシソウな男の声が歪んで聞こえた。いつの間にか降り始めた雨が体を打った。

 やめて。
 やめて、降らないで。
 わたしだって知ってる。
 出血してるのに雨なんか降ったら、体温が下がってゆーくんが――。

「……い、や」
 零れた声は、どこまでも震えていた。
 ゆーくんの耳にも届いたみたいで、無理矢理といったようにわたしの肩から顔を上げた。
 血の滴る唇が触れて。
「ぼ、くは……おまえ、が……」
 だいきらいだよ。

 それは、誰も望まなかった結末。

 ゆーくんから、力が抜けた。それなのに酷く重く感じた。むき出しの肩に触れたその頬はどこまでも冷たくて――。

 もう、あえない。

 実感。
 それだけが、分かった。
「あ……あ、ぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!」
 無意味な叫びだけが口から溢れた。唇に残る血と頬を伝う何かだけが、妙に熱くて。
 色を失っていった、ゆーくん以外のスベテ。
 鼓膜を叩く、ケタケタとわらう声。モノクロの男、真っ赤な刀。

 こいつだけは。
 こいつだけは、ぜったいにゆるさないっ!!

 ゆーくんを抱えたまま拳銃を取り出しあいつに向けた。

 きっと、ゆーくんの思いを、願いを裏切る行為。
 それでも。それでも、こいつだけは。
 ぜったい、わたしがかたきを――。

 わたしの意志に関係なく、掌から滑り落ちた拳銃。

 なんで。
 まってよ。
 まだひきがねをひけてないの。
 まだ、めのまえのやつをころせてないの。

 ゆーくんのかたきを、とれてない。

 ドクドクといやに心臓の音が大きく響いて。目がどんどん霞んで、唇の間から血が溢れた。
「……ごめん、ね……」

 本当は分かってた。
 彼が望んでいなかったことくらい。
 大嫌いだよが、わたしには愛してるに聞こえたよ。
 あなたはわたし以外の人を、一度も「お前」と呼ばなかったから。
 生きて、と。
 その願いが込められた、大嫌い。
 どこまでも優しすぎる願い。
 それでも。
 はじめてあったあのとき、わたしはやくそくした。

 あなたを、ぜったい「独り」にしないと。

 薄れ逝く意識の中、ゆーくんを抱きしめた。



 馬鹿だろ。
 って言われたから、
 ごめんね。
 と返した。
 でも、あなたを独りにしたくなかった。
 と付け加えたら、
 僕が独りになっても、お前には生きてて欲しかった。
 と返された。
 返す言葉が見つからなくて俯くと、思い切り抱きしめられて。
 馬鹿。大馬鹿空め。
 ゆーくんの声は震えている。
 ごめん。本当にごめんね。
 わたしの声も震えている。

 ごめんね、大好き。
 そう言ったら、

 守れなくて、ごめん……愛してる。

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