バレンタインSS(悠空ver)
「あ、ゆーくん!」
こちらを発見したと思ったら、空はぱあっと表情を明るくして、こちらに駆け寄ってきた。何故か両手を後ろにしたままで。
「なに」
「ゆーくんに渡したいものがあるの!」
そう言ってにこにこと僕を見る。わざわざ僕に渡したいもの……? 思わず首を傾げてしまった。
「はい! はっぴーばれんたいんでー!」
え、と思わず声が漏れた。『はっぴーばれんたいんでー』……?
「え、なにそれ」
差し出されたプレゼントと思われる物を受け取りながら、疑問を口にする。初めて聞いた言葉だ。
「地球のイベントらしいの!」
なるほど、道理で聞いた覚えが無いわけだ。この世界は地球の文化がそれなりに浸透しているが、全ての文化が根付いているわけでは無い。それでもこうして時折、どこからかその文化が広まることもあるわけだが。
そこでふと、さらに疑問にぶつかった。
空は決して地球の文化に詳しいというわけでも、特別興味があるわけでも無い。それなのにどうして『はっぴーばれんたいんでー』とやらを知ったのだろうか。
「あのね、月猫堂に行ったら諷樺ちゃんたちがお菓子作ってて、それで知ったの!」
「へえ、そうだったんだ」
「うん! 祥奄くんが詳しく教えてくれたのー!」
にこにこと笑いながら説明する空曰く、地球では二月十四日にお世話になっている人にプレゼントを渡す日なのだという。でも、と空は付け加える。
「祥奄くんたちの居たにほんってところはちょっと違うらしいの」
「違う?」
「お世話になってる人にプレゼントを渡す人も多いけど……」
そこで少しばかり間が開いた。
珍しい。普段は止めないと止まらないような話しっぷりなのに。
そんな少し失礼なことを思っていた悠は、気付かなかった。
空の頬が少しばかり染まっていることに。
「あのね、女の子が大好きな人にチョコをあげるんだって!」
「は」
そこで悠は気付いた。その頬の赤さに。ふわりと漂う甘い香りに。
一気に頬が熱くなるのを感じた。いや、確かに自分たちは恋人同士だが、でも。
なんだろう、ものすごく、うれしい。
「……そう」
「うん! 頑張って作ったから、食べてくれると嬉しいの」
ちょっと控えめなその物言いは、きっと悠は甘い物が得意では無いと知っているから。だが空のことだ。きっとあまり甘くならないように工夫したのだろう。それくらい、容易に察しがつく程度には付き合いは長い。
「……食べないなんて、言ってないけど」
少しばかり憮然とした物言いになってしまったのはご愛敬。嬉しいと思っていることが恥ずかしくて、もうどうすればいいのか分からないのだ。
それでもその言葉に嬉しそうに笑った空を見てしまったのだから、余計に。
「まあ……その……ありがと」
それだけ言うと背を向けて歩き出した悠を追いかけることはしなかった空だが、ふと思い出したように声を上げた。
「あのね、プレゼントあげるの、ゆーくんだけなの!」
思わず振り返ると頬を赤く染めた空が、へらりと笑って、そして反対側に走り去った。
それを見届けた後、悠はその場に座り込んだ。
「……なんだよ、それ」
先ほどよりも頬が熱くなったことを自覚しながら、にやけそうになる口元を手で覆った。
なんだよ、それ。意味分かんない。
思わず心の中でこぼす。
あの社交的で、人を喜ばせることがうまくて、多くの人に愛される空だから。きっとほかの人たちにもお世話になったお礼として、プレゼントを渡すのだとばかり思っていたのに。
「反則、でしょ……」
これは困った。
お礼、どうすれば良いのか聞きに行かなきゃ。このプレゼントも食べて、お礼とか感想とか言わないと。
そんなことを思いながら、空色のパッケージに包まれたプレゼントを見て。
思わず困ったように、それでいて嬉しさが隠せない笑みを浮かべた。
「なんだよ、これ。幸せすぎるんだけど」