咲くは
じぃっ、と視線が刺さる。
月猫堂の休憩室には、図書室と見紛う程の本が置かれている。読書が趣味と言っても過言ではない
しかし、これはどう考えてもおかしい。
諷樺が思わずそう感じたのも無理はない。人間サイズ――といっても小柄な彼女よりも小柄ではあるが――となっているネライダからの視線が、物凄く刺さっている。それも現在進行形で。
戦いが苦手、というよりも運動自体が得意でなく、超がつく程インドア派だとしても流石に分かる。それくらいの勢いで突き刺さっていた。
諷樺は気が散ると、次に読む本を探すのを諦め、視線を無遠慮に向けてくる人物――ネライダに向き合った。
「……何ですか」
「気付いてたんだ? 君の事だから気付いてないのかと思ったよ」
限りなく白に近い瞳を歪めながら彼は言う。相変わらず失礼な物言いだ、とは思うが年齢自体は(一応)彼の方が上なのだ。それに最早慣れたと言っても良い。
「流石に気付きます……で、何ですか?」
「いやー妖精さん、ふと思ってさー」
そう言うと彼は立ち上がり、諷樺に近付く。思わず後退りする諷樺に構わず、ズカズカと距離を詰めると、彼女の結われた長い薄紅の髪をグイッと引っ張った。
突如走った痛みに思わず声を上げた彼女に顔を近付け、ネライダはニヤリと表情を歪める。痛がる彼女の姿に満足げ、端からはそんな風にさえ見えた。
「あは、三つ編みお揃いだねー?」
ネライダの言う通り二人の髪型は同じ三つ編みだ。とは言っても彼はかなり変わった三つ編みで、諷樺は四回程編んだだけの三つ編みと、あまり似通った髪型ではないのだが。
「本当なら俺様とお揃いとか許せないけど、君は気に入ってるから特別に許してあげるよ☆」
どこまでも理不尽な言葉をぶつけると、髪を掴んでいた手をパッと離す。思わずよろける諷樺に手を貸さず、ニヤリと笑い続けるネライダ。なんとか体制を立て直すと、怪訝そうな表情をした諷樺が問いかける。
「それはつまり、私に三つ編みを止めろ、と……?」
「止めたら俺様怒るけどね☆」
「……は?」
訳が分からないと言いたげな表情の諷樺に対し、ネライダはどこか満足そうな表情をしている。
「ま、そういう事だよ」
そう言うと休憩室を出て行った彼を、諷樺は呆然とした表情で見送った。
「…………全然意味が分からない……」
「ネライダ」
「……何」
休憩室の扉を閉めたネライダを待っていたのは、何時の間に部屋から出ていたのか如月が居た。目深に被ったニット帽で目線は分からないが、ネライダには確かに自分に視線が向いている事が分かっていた。
どこか不機嫌そうに答えたネライダに、如月は先程の彼と同じようにニヤリと笑いながら聞く。
「お前さ、好きなのか?」
「は? 何の話?」
意味が分からないと言いたげに眉間に皺を寄せ、じろりと如月を睨む。しかし痛くも痒くもないとばかりな如月に、苛立ったような素振りを見せた。
「だから、お前は諷樺チャンが好きなのかって」
「……ばっ!?」
普段からニヤリと笑うか無表情かという極端な二択しかないようなネライダの顔が、珍しく真っ赤に染まる。やっぱりと言わんばかりに口角がさらに上がる如月。それを見て真っ赤な顔のまま叫ぶようにネライダは言う。
「っ……ば、馬鹿じゃねぇの!? 別に俺様があ、あいつを好きとか、そんなことねぇし!!!!」
「へー、そうかそうかー」
「笑ってんじゃねぇっ! くそっ、俺様部屋に戻る!!」
ニヤニヤと笑う如月に対し盛大な舌打ちをすると、ドタドタと足音を荒く立てながらネライダは遠ざかっていく。
そんな彼を見送って、如月は小さく溜め息に似たものを苦笑混じりに吐き出した。
「好きな子程……って、素直になれない餓鬼かよ」
未だ真っ赤な顔をしているであろう不器用なネライダと、鋭そうで見事なまでに鈍感な諷樺の未来を思う。前途多難だ、と思わず笑いが零れた。
(花言葉は『幼い恋』)