やっぱりその人は

「そう言えば、ネライダさんは何年生きてるんですか?」
「は?」
 あまりにも突然な 諷樺 ふうか の質問に、ネライダは眉間に皺を寄せた。
「いえ、そう言えば私はネライダさんのことを何も知らないな、と思いまして」
 それもそうだろう。ネライダは心の中で呟く。彼女はほんの数ヶ月前に記憶を失い、そしてこの月猫堂に保護された。本人は保護されたのはここの者が優しいからだと思っているようだが、ちゃんと理由は別にある。その理由さえも、彼女は忘れているわけだが。
「なのでまだ話題にしやすい、年齢の話ならしやすいかなと思ったんです」
 なんとなくチョイスがずれている気がする。
 そう思って溜息を吐いたネライダは、それでも答えようと口を開いた。
「知らない」
「え?」
「だ、か、ら、知らない」
 目を見開いて聞き返す諷樺に、ネライダは強調しながら再び返した。何故、と困惑したような声が返ってくる。それもそうだろう、と思いながら再び口を開いた。
「俺様、ここに来る前は、施設? 研究所? にいたから。そこは俺様の能力にしか興味持ってなかったし、特に日付を教えられなかったし。俺様だって日数を数えようと思わなかったから、知らない」
 大体四十年くらいは生きてるんじゃないの、と適当に返せば、彼女は俯いてしまった。
「なに」
 その事に若干の苛立ちを覚えながら声をかければ、沈んだ声が返ってくる。
「すみません、そんな理由があるなんて知らずに、嫌なこと聞いてしまって……」
 諷樺は思い出していた。ここに来て意地悪ばかりしてくるネライダのことに困惑して、葛木に相談をしに行った時のことを。
 彼女は言った。彼は他人との関わり方を知らないのだと。長年物のように扱われていたせいで、人との関わり方を学べなかった。だから、普通とは違う関わり方しかできないのだろう、と。
 そうだ、少し考えれば分かる筈だったのに。それなのに彼に、嫌な過去を思い出させてしまった。
 そう思って沈んでいれば、苛立ったようにネライダが椅子から立ち上がった。
 怒られる、だろうか。彼は意外と短気だから。
 そう思って顔を上げられずにいると、ぐいっと三つ編みが引っ張られた。
「いたっ」
「あのねえ」
 無理矢理髪を引っ張って上を向かせたネライダの表情は、怒っているのか不機嫌そうだ。
「俺様に同情なんかしないでくれる? 気持ち悪い。俺様は別に気にしてないんだから、君がそんな顔してるとイライラする」
 ぽかん、と。そんな表情をしてしまった。これは、えっと。
 そんなことを思っていると、髪が離された。そしてネライダはそのまま、図書室から出て行ってしまった。
 えっと、つまり。
 頭の中を整理しながら、諷樺は考えた。
 もしかして、気を遣われたのだろうか。
 引っ張られて痛む頭をさすりながら、諷樺は少し微笑んだ。

 ああ、やっぱりあの人は意地悪だけど、不器用だけど、優しい人だ。

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