オレには無縁の話だけれど

「せっかくなのでお散歩に行きませんか?」
 私は今日お仕事お休みですし、近くを案内しますよ。笑顔と共に添えられた言葉に、オレと奏誠そうせいはお互いの顔を見て、そうして頷いた。

 そのあとなんやかんやで自分も暇だからついていくと言い出したネライダサンも共に、諷樺さんとオレたちはこの異世界――桜宮さくらのみや地区に足を踏み出した。
 そういえば月猫堂と呼ばれる店から外に出るのは初めてだな、なんて思いながら外を歩く。一週間ぶりくらいに外を歩いてんのか? 見慣れない光景に、やっぱり異世界なんだな、と再確認する。
 月猫堂は古き良き日本の民家、みたいな感じがあったが、街に出れば、都会のようなそこまで高い建物はないがSFちっくな建物の隣に、ヨーロッパにありそうな家が並んでいたりする。なんていうか、しっちゃかめっちゃかな印象だ。
 大通りは綺麗に整備されていて、その両脇には店と思しき建物が立ち並ぶ。あれだ、都会の商店街的なイメージ。
 あそこは何を売っていて、という諷樺サンの説明を聞きながらついていくと、目の前に大きな公園らしきものが広がってきた。
「ここがこの地区一番の名所。地区の名前の由来にもなっている千年桜のある宮殿――桜宮おうきゅうです!」
「凄いですね……!」
 思わずといった具合で奏誠が言った言葉に頷く。思わず圧倒されるほどの宮殿と、たくさんの桜が咲き誇る広大な公園がそこにはあった。
 すっげー、なんて言葉がもれる。諷樺サンはにこにこ笑っている。ネライダサンは、いつも通りのどこかつまらなそうな表情だった。
「ここには神官様がいらっしゃって、主にお一人で桜宮を管理されているんですよ」
「一人で!?」
「この広さを?!」
 思わず声が出た。いやだってかなり広いぞここ。
「護衛が手伝ってくれるらしいから、実質二人なんだと」
 ネライダサンが付け足すけど、それでも二人なんだよなあ……すげえな。
 そんなことを話しながら宮殿に向かう最中、こちらでは桜は一年中咲いてるものなんだと知った。いや、一年中咲いてるって……オレたちからしたら違和感しかねえな。
 どこか和風ちっくに感じる宮殿の前に辿り着くと、そこには不思議な三人組が居た。
 薄い緑の髪の間から桜の枝が生えてる青年の前で、男二人が祈りをささげるポーズをしている。……なんじゃありゃ。
「わ、とても素敵な場面に遭遇しちゃいましたね!」
 一瞬驚いた表情をした諷樺サンが笑みを浮かべながら言う。では私も、なんて言いながら同じように祈りのポーズ。
 え、どういう場面?
 奏誠と二人困惑していれば、全体的に薄く青みがかった白、という印象の女声が話しかけてきた。ウエディングドレス、っぽくも見えるけど、片手で持つギロチンの刃みたいなものが雰囲気を台無しにしている。
「ありがとうございます、月猫堂の」
「あ、カヴァリエーレさん。こんにちは」
「ええ、こんにちは」
 カヴァリエーレサン、っていうのか。……言い辛いな。
 落ち着いた表情と声のカヴァリエーレサンはこちらを見遣ると諷樺さんに話しかける。
「そちらの二人が、例の星渡ですか?」
「そうです、之俣しまた祥奄しょうえんくんと奏誠くんです」
「初めまして、わたくしはカヴァリエーレ。ここ桜宮の、ひいては朔羅さくら様の護衛をしております」
 綺麗にお辞儀する姿に一瞬見惚れて、奏誠に小突かれて慌てて返事をした。
「あ、はじめまして。オレが祥奄、こっちが奏誠です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、奏誠です」
「ええ、よろしくどうぞ。桜宮のことに関する質問などありましたら、わたくしがお答えします」
 お、じゃあ早速気になることがあるんで聞いてみようか。
 どうぞ、というカヴァリエーレサンに遠慮なく質問をぶつける。
「あそこの三人は何してるんすか?」
 オレの言葉にきょとんとして見せたカヴァリエーレサン。え、そんなに意外な質問だった?
 なんて説明しようか、みたいな迷いを見せつつもオレの質問に答えてくれる。
「頭から桜の枝が生えているのが、わたくしの主である朔羅様。朔羅様と共に祈りを捧げている二人は参拝者です。お二人は子を授かりたいと祈りに来ています」
「「え」」
「? どうかなさいましたか?」
 子を授かりたい、って。男同士にしか見えないけど、実は片方女性だったりするんだろうか。
「いえ、どちらの方も確かに男性の方ですが。それがどうかなさいましたか?」
 んん? 余計にわからん。子供が望めないから、子供を授かりたいと神に祈りでもしているのか?
「何故子供が望めないのですか?」
「え、だって男同士だし?」
「?」
 え、なんで諷樺サンまで理解できんみたいな顔してんの?
 この中で唯一事情を分かってそうなネライダサンに助けを求める。あ、めんどくさって顔したよこの人。
「地球では男女でしか子を望めないんだよ。なんだっけ、せーこーい? とかいう、祈りとは別の行為をする必要があるから」
「せーこーい、とはなんですか?」
「女が子を孕むための行為なんだって」
「子を、孕む……?」
 ネライダサンたちの会話に思わずドキッとする。いやなんつーか、性行為とか、そんな往来で堂々と言っちゃう?
「不思議ですね」
 諷樺サンが言った。
「子が世界から授かるものじゃないだなんて」
「世界から授かる……?」
「ええ、こちらでは親となる二人が祈りを捧げ、その思いが真摯であればいずれ世界から子を授かることができます。そこに男女の差はありません」
 男女関係なく妊娠するってことなんだろうか。
「にんしん、という言葉は初めて聞きました」
「わたくしもです。基本子は世界に形作られ親の前に現れるものですよ」
 ん、んん? つまり妊娠すらしないってことなんだろうか。よ、よく分からん……。
 というか、あまりの常識の差に頭がくらくらしてきた。奏誠も頭を抱えている。オレたちはこの感覚に慣れないといけないんだろうか。
「つまりこの世界では性別の組み合わせに関係なく、祈りを捧げれば子を産める――というよりは、授かることができるんですね? それも世界から」
「ええ、そうです。ですが必ずではありません。なのでこうして、桜宮に出向いて祈りを捧げられる方々がいらっしゃるのです。古来から他の方に認められた祈りは、世界に届きやすいとされていますから」
 うーん、なんていうか、あれか。性行為の代わりに神様に子供が欲しいと祈ることで、性行為とか妊娠とか抜きで子供を授かれる、みたいな。大体そんな感じの認識で良いんだろう。
 にしても、性行為自体がないのか……?
「ないね。そんなもの必要ないし、する奴なんてこの世界にはいないね」
 ネライダサンに断言されてしまった。なんだろう、このネライダサンが言うんならそうなんだろうなあ的な説得力は。やっぱりこっちのことも地球のことも知ってる人だからだろうか。
 でも、少しだけ思った。
 同性同士でも子供を授かれるのなら、こっちの世界の方がちょっと人に優しい気がした。

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