あなたへ

 これはそこはかとなくファンタジーで、それでいてどこか地球と似ている、そんな世界に住む少年少女の話。

 まさに不機嫌です、と言わんばかりの表情で歩く少年が一人。じっとりと前を見る目の下には薄くクマがあるし、眉間にも深い皺が刻まれている。それでもその頬は薄らと赤く、見る人によっては照れ隠しだと思ったかもしれない。その理由はただ一つ。
 少年の持つ、少し可愛らしい包装。美味しいと評判のケーキ屋の袋を、少年は大切そうに持っていたのだから。

「ただいま」
「おかえりなさい、悠」
 自警団『 邏守隊 らしゅたい 』、と書かれた札のかかる建物。そこが少年――悠にとっての家であり、そこに住む人たちが家族だった。
 玄関を入ってすぐの所にいた青年、天月に声をかければ、また言葉が返ってくる。悠はここに来るまであまり縁のなかったことだから、今でもなんとなくくすぐったい行為だった。
「ねえ、空がどこに居るか知ってる?」
「空なら確か……さっき食堂に居たから覗いてみると良い。時間的にもちょうど良いんじゃないか?」
「……まあ、そうかもね」
 顔を赤くしながら、不機嫌そうな顔をする。そんな悠に小さく笑った天月を睨んでから、彼は食堂へと足を向けた。喜んでくれるだろうか、と少しばかり緊張しながら。

「あ、ゆーくん! おかえりなさい!」
「ん、ただいま」
 食堂に入った途端、明るい声が響き渡る。まさに探していた少女――空が、満面の笑みを浮かべながら悠を見ていた。彼女の前には湯気の立つティーカップが一つだけ。悠はほんのちょっとだけ、安心したように息を吐いた。
「あれ、ゆーくん何か買ってきたの?」
 彼女の方に歩いていけば、当然のようにその手に持つものを聞かれた。あー、と少しばかりばつの悪そうな声をあげてから、目線を逸らしながら空に袋を差し出す。それを受け取って首を傾げる空にただ一言。
「……あげる」
 照れくさそうな表情をした悠の言葉に、目の前の少女は嬉しそうに顔を輝かせて。
「ありがとう! ゆーくん!」
 そう言って、悠が好きな、へにゃりとした笑顔を浮かべた。

ペーパーウェル01参加作品:お題「贈る」

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