どうせなら暑くなってから
「ゆーくんは、海って行ったことある?」
昼食も過ぎたあとの、なんとなく食堂でゆっくりしていた時。向かいの席に座っている空は唐突に言った。
「海? ないけど」
「わたしもないのー」
ここ桜宮地区には海に面した地ではない。というか、どちらかと言えば内陸の方だから、海に行こうと思えばそれなりに時間はかかる。
だから空が行ったことなくても、まあそうだろうな、程度の認識だ。
というか。
「なに、急に」
「うーん、特に理由はないんだけど。なんとなーく、行ったことないから行ってみたいなーと思って」
「僕だけじゃ連れていけないよ」
「うん、わかってるの」
にへら、と空は笑う。出来ることなら空の願いは叶えてやりたいと思わなくもないが、やっぱり僕一人じゃ連れて行くのは難しいだろう。
人が住む地区と地区の間、地区外と呼ばれるそこは決して安全ではない。人を襲ってくる魔物だっているし、もしかしたら人を襲う人――山賊の類だっているかもしれない。いくら自警団である邏守隊
に身を置いてるとはいっても、所詮は非戦闘員。自分の身がなんとか守れる程度だ。空を守りながら、長道を歩いて行ける気がしない。……情けない、という気持ちに少しなるけども、仕方ないものは仕方ないのだ。
……浅野さんたちも誘えば、行けるだろうか。
なんて考えこんでいたから、空の言葉に反応が遅れてしまった。
「え、なに?」
「海、いつかみんなで行けたらいいね!」
にっこりと笑う。裏表もない、本当にそう思ってる笑顔。
結局のところ、そう。空は別に海にデートに行きたいとかじゃなくて、本当にみんなと――邏守隊のメンバーで海に行けたら良いなあ程度にしか思ってないのだ。それが実現しなかったとして、多少残念とは思いはすれど誰かを責めることもない。
だから、なのか。
余計に叶えてやりたいと思ってしまう。
その優しい心で思い描いた楽しい未来を、少しでも。
実際には難しいだろう。だってここは自警団。この地区を守るためにある。全員で出掛けて、なんて甘いことはできないだろう。
それでも、少人数でもいいから。
そう壱姉に打診してみようと思っていた僕だったが、まさか「たまにみんなで休んだって文句はないでしょう!」なんて言葉と共に了承されてしまうとは、その時は思ってもみなかったのだ。